寝る子のヌシのお泊り帳

旅好きヌシの宿泊(IHG系多し)乗り物&猫暮らし

かつてあった、そして幻となった日本国内のインターコンチネンタルはいま?

北は岩手県から南は沖縄県まで、日本国内に何箇所かあるインターコンチネンタル

どれも素敵なホテルばかりです。

ただし宿泊費が庶民的感覚からすると非常に高いので、滅多なことでは利用できないホテルでもあります。

ホリデイ・インクラウンプラザばかりを愛用している私のような安いIHG会員からすると、インターコンチネンタルは羨望のホテルではありますが、国内にもっと店舗数が増えれば、「いつかは泊まりに行こう!」と夢を見るもの。旅の選択肢も広がります。

インターコンチネンタルに限らず、この手の世界的なホテルブランドと以前提携していたホテルというのは意外と多くあり、かつてIHG系だったホテルは、これまでもいくつか宿泊しています。

そこで日本国内にあるかつてのIHG系ホテルを調べてみました。

今回はインターコンチネンタル編です。

ヨコハマグランド インターコンチネンタルホテル

現在国内で営業中インターコンチネンタルで最も古いのは、1991年8月29日に開業した「ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル」です。

その特徴的な外観は”みなとみらい”のシンボルと言ってもいいのではないでしょうか。

その後、東京や沖縄にある全日空ホテルがリブランドするなどして、インターコンチネンタルの名は広く知られるようになって一般的になりました。

しかし、「ヨコハマグランドインターコンチネンタル」が日本にある最古のインターコンチネンタルかと思ったら違いました。

なんとその歴史は半世紀以上前までさかのぼります。

 

ホテルオークラ

日本で最古のインターコンチネンタル

それは1964年にインターコンチネンタルホテルと提携していたホテルオークラでした。これは意外でした。

おそらく昭和の時代の東京オリンピックにおける、海外旅行客向けのリザベーション契約ではないでしょうか?

そんな日本を代表する高級ホテルですが、当時の建物は既に解体されて、新しいホテルに生まれ変わりました。

かつてのホテルオークラも、現在のThe Okura Tokyoも私とは無縁の存在です。

そういや、社会人になりたての頃、ホテルオークラのラウンジで、同僚とコーヒーを1杯だけ飲んだことがあったっけなぁ…(遠い目)

 

京王プラザ  インターコンチネンタル東京 

その後、ホテルオークラの後を引き継ぐ形で、1972年1月から、西新宿にある「京王プラザホテル」が契約します。

京王プラザ インターコンチネンタル東京」という名称でした。

しかし2003年9月30日にフランチャイズ契約が終了します。

ホテルオークラほどでは無いにせよ、やはりここの宿泊費も庶民的には高いです。

よって泊まったことは一度も無く、知人の結婚式で利用した程度です。

今後も利用することは無いだろうなぁ。

 

沖縄インターコンチネンタルホテル

そして最後は、幻のインターコンチネンタルです。

プリンスホテルの沖縄進出として話題になった「沖縄プリンスホテルオーシャンビューぎのわん」。

 

そのプリンスホテルから3ブロックほど南西に沖縄インターコンチネンタルホテル(仮称)が計画されていました。

2006年に株式会社ジョイント・コーポレーション沖縄インターコンチネンタルホテル(仮称)の事業会社である株式会社宜野湾ホテル開発へ、主要株主として出資し開発に参画することで、同社の親会社である株式会社ホスピ タリティーネットワーク(ホテル運営会社)と合意しました。

同ホテルの建設計画地は宜野湾市西海岸地域の都市機能用地(第 1 街区)で、コンベンションセ ンターやマリーナ、トロピカルビーチ、海浜公園、野外劇場に面した海岸通りにあります。地上14階、客室数 は 400 室を計画しており、2006 年秋に着工、2008 年秋の開業を予定していました。さらにインターコンチネンタルホテルのみならず一体化した開発による相乗効果を睨み、隣接する宜野湾市西海岸地域都市機 能用地(第 2 街区)の公募にも応札して、今後は、分譲マンションの開発の可能性をも探りつつ、事業の多角化を図っていました。
当時(2006年)のプレスリリースです。
 
しかしプレスリリースから1年4ヶ月後の2007年6月15日。
運営に当たる予定だったインターコンチネンタルホテルズグループ(IHG)が参画しないことを決めたと、同ホテルを計画するホスピタリティ・ネットワーク(本社・東京)の堤猶二社長が、伊波洋一市長と宜野湾市役所で面談して説明しました。
堤社長はIHGの参画取りやめの理由を「IHG側のブランド戦略の変更に伴うもの」とし、IHGに代わる運営会社を交渉中だと説明します。
(その後はシェラトン沖縄宜野湾ホテルとしての開業を目指すことになります)

IHGは2006年に、全日空ホテルズグループ資本提携したことで、沖縄県内では万座ビーチホテル&リゾート、石垣全日空ホテル&リゾート、沖縄ハーバービューホテルの3ホテルを傘下に加えて、それぞれをインターコンチネンタルクラウンプラザにリブランドしていました。
そこへ新たにインターコンチネンタルを運営するのは厳しいと判断したようです。
そりゃ そうでしょうね。

ホテルインターコンチネンタル沖縄は当初、2006年10月着工、08年12月開業を予定していましたが、今回のIHG参画取りやめで、着工が2008年、開業は2009年内へと大幅にずれ込みます。
ホスピタリティ・ネットワークは宜野湾市に対して、新たな運営会社2社と交渉中で着工は遅れるが、建設規模などは予定通りであることなどを説明したそうです。
同席した第2街区に進出予定の不動産開発ジョイント・コーポレーションの大野敏信常務は同社の長期滞在型ホテルとショッピングモールなどの複合施設は2007年12月にも着工、2009年初夏に開業予定と説明しました。
伊波市長は「着工は遅れるが、計画は予定通りと説明を受けた。ジョイント・コーポレーションと連携してより良い開発ができると信じている」と話していたそうです。
しかし、頼みの綱のジョイント・コーポレーションが 破綻 します。
2009年5月末に負債総額1680億円を抱え会社更生法手続きを申請。
記者会見で会社側は「世界的な金融不安のあおりと不動産市場の低迷をうけ、資金繰りが悪化した」と説明しています。
ジョイント・コーポレーション宜野湾市の再開発地区内に「ジノンハウスホテル沖縄」を建設中で7月に開業の予定でした。

ジノンハウスホテル沖縄 完成予想図 
出典:ジョイント・コーポレーション
ホテル開業を目前にして、破綻により建設工事はストップ、開業のめどもたたない状態となります。
子会社の株式会社宜野湾ホテル開発も連結倒産したことでインターコンチネンタル、その後のシェラトンも白紙状態となりました。
いやぁ・・・不動産とか都市開発って、ホント大変ですね。

その後、幸いにもジノンハウスホテル沖縄は恩納村にあるホテルムーンビーチで有名な、ムーンホテルズ アンド リゾーツ株式会社が経営運営する「ムーンオーシャン宜野湾ホテル&レジデンス」として開業することが出来ました。
そして今。幻となった沖縄インターコンチネンタルが建つ予定だった場所には、
サンエー宜野湾コンベンションシティ」というショッピングモールが営業中です。

サンエー宜野湾コンベンションシティは、沖縄県宜野湾市宇地泊にある株式会社サンエーが運営する総合スーパーGMS。キャッチフレーズは「心地よさと、ときめきに、出会う場所。」
ホテル計画の白紙後は、ダイエーの進出予定などもありましたが、それも白紙になったのち、2010年10月に最終的にサンエーが進出を決定し、2012年に開業しました。

その後、那覇にあった「ANAクラウンプラザホテル沖縄ハーバービュー」が、2019年7月12日からはリブランドによってIHGから離れました。
これにより沖縄県の都市部にあるIHGホテルが無くなります。

那覇で宿泊する際は利用していただけに、これは残念でした。
インターコンチネンタル沖縄美らSUNリゾート
 
そして2023年春、豊見城市の美らSUNビーチエリアに「インターコンチネンタル沖縄美らSUNリゾート」の開業が予定されています。


ホテル棟とヴィラウィングの2つの棟から構成されており、開放感溢れる空間に、インターコンチネンタルのモダンラグジュアリーを掛け合わせ、洗練された真のラグジュアリーリゾートを作りだすそうです。
ただし立地が海辺とは言え豊見城の市街地なので、ホテル前のビーチで水遊びが出来るような環境では無さそうです。

インターコンチネンタル沖縄美らSUNリゾートの建設予定地

客室は全部で373室。館内には、4つのレストランやバー、宴会場やミーティング施設、温泉大浴場、リクリエーションセンター、インドア・アウトドアプールにフィットネス、チャペルなどの設備を完備するそうです。

ホテルの経営はCHIA HSIN CEMENT CORPORATION GROUP(CHC Ryukyu (嘉新琉球))。親会社のCHIA HSIN CEMENT CORPORATION GROUP (嘉新グループ)は、台湾に拠点を置く創立60年を迎えた企業です。
セメント工業および関連事業からスタートし、台湾および中国本土におけるセメントの生産に継続的な投資を続けています。そしてセールスネットワーク、貯蔵庫および港湾施設が嘉新グループの強固な基盤をつくりあげています。
さらに台湾にて産後ケア産業にも参入。ヘルスケア産業への第一ステップとして「Gem Care 産後ケアセンター」ブランドを創っています。
海外投資分野において、沖縄県那覇市に自社ブランドの「ホテル コレクティブ」を創設します。
そして海外投資分野の2軒目のホテルとして開発しているのが、隈研吾建築事務所が建築を担当する、「インターコンチネンタル沖縄美らSUNリゾート」ということです。